畳文化からベッドへの移行

ベッドを知るために

ベッドとはみなさん普段親しみがあるゆえに、その歴史や伝来について知っている人はあまりいないかと思われます。今現在幅広く使用されることになったベッドが日本に初めて伝わった後、後に畳文化へと推移するその経緯などについてこのページを記載していきたいと思います。

日本におけるベッドの歴史

日本では古くから畳文化が広く深く浸透していますが、日本におけるベッドの歴史とは以外にも非常に古いとされています。

ベッドが伝わった時代背景としては、古くは奈良時代以前より中国から伝わったとされています。

現在の日本国内のとある寺院には聖武天皇が使用していたとされるベッドが今でも大事に保管されています。

また聖武天皇のみがベッドの使用を許されていたわけではなく、その当時の貴族や資産家にも広く使用されていたとされています。

しかし、後にやってくる畳文化の伝来にてこのベッドの存在が薄れ次第に衰退していきました。

ここでポイントなのですが、多くの方が「古くから畳文化がある日本にベッドが伝来して広まった」ということではありません。

歴史を介して私が思う見解ですが「ベッドを使用する文化が位置付けられる前に、畳文化が伝来してベッドは衰退し畳文化が広く知れ渡った」ということになります。

これはまったくもって意外という方の方が多いのではないでしょうか。

畳文化が広まった理由としては日本の風土に合った、建材であったということもあるといえます。手入れは少々面倒なてんもありますが、湿気の多い日本ではい草の畳はひんやりとした風を通すものだったようです。畳と漆喰の壁、床の間には美術骨董品や日本刀など…その空間を一気に落ち着かせる何かがあるように感じます。

日本刀などを販売している方から話しを聞くと、今でも大事に家宝として残っている日本刀を若い旦那が磨きにきては、別の美術骨董品に目をやることもしばしば見受けられるとのこと。時代はまわるのですね。

さて、話しがそれましたが今現在では畳文化が衰退して寝室ではベッドを使用する家庭や環境が非常に多くなりつつありますが、当初はまったくもって正反対だったということになります。

ベッド文化になりつつある日本の環境を一掃した、由緒歴史ある独自の畳文化を私達はこれからも誇りに思い強く後世にも受け継がなければならない・・・と、私一個人はそう捉えます。

過去には聖武天皇も使用していたベッド文化を退けて、日本の象徴ともいえる和室には決して欠かすことの出来ない畳。その畳文化を尊重しつつも快適性を求めた結果、畳ベッドというベッドも誕生しました。

これは基本的には一般的なベッドと同様の形状をしていますが、そのベッドのマットレスと呼ばれる箇所を畳に変更したベッドです。お年をめした世代の方達にはこの畳ベッドが非常に好評でもあり、さらなるベッドの進化も目が離せない状況であります。

またベッドには一般的には二段ベッドやロフトベッド、折りたたみベッドやソファベッド、または老人介護用に介護ベッドなどがあり、各々の使用状況にあわせたベッドを選ぶことが大事です。